新型コロナ:変異株の脅威とオリンピック東京大会のリスク

新型コロナ|変異株の脅威とオリンピック東京大会のリスク

平川幸子

2021年7月23日、1年延期されたオリンピック・パラリンピック東京大会(オリパラ東京大会)が始まります。開催都市の東京では4度目の緊急事態宣言が発出されている中での、スポーツの祭典の開催はリスク要因を抱えています。

オリンピック関係者の入国がきっかけとなり、感染拡大、クラスターが発生することがないよう、水際対策や無観客での開催、という施策がとられています。これがどの程度機能するのか、関係者は危機感を持ちながらも、祈るような気持ちではないでしょうか。

□水際対策|バブル方式は機能するのか?

リスク回避の大きなポイントは、海外からのオリンピック関係者の入国の際、感染者を防ぐための水際対策です。政府は、「オリンピック関係者はバブル方式」を取り入れるので、「安全・安心」である、と説明されていますが、実態はどうでしょうか。

まず入国時、オリンピック関係者と通常の旅行者の動線が分かれています。

例えば、変異株の流行国からの入国者は「14日間の隔離」が求められています。実態としては、3日間宿泊施設等に滞在し、検査を受け、陰性であれば残りの11日間は自宅待機・自主隔離することになります(宿泊施設の滞在日数は流動的)[1]

オリンピック関係者はこの3日間の滞在日数がスルーされて、直接キャンプ地に行く、ということになります。これは実際の運用の実現性を考えた、次善の策であろうと思います。そもそも、日本の水際対策の多くは「自己管理」(つまり自粛)を前提に制度設計されています。

オリンピックで入国者が増えると、リスクは増えるのは自明です。空港周辺に膨大な宿泊施設を用意することは現実的に難しいための現実的な運用ですが、その点は積極的に説明されていないのは、フェアじゃない印象を受けます。もう少し真摯に説明する必要があるでしょう。

また、入国したオリンピック関係者は、接触追跡アプリのダウンロードし、GPSをオンにすることが求められています。しかし「GPS機能をオンにしたスマホを持ち歩く」、というのも自己管理が前提となっていることがわかります。

□無観客開催の意義|専門家の祈るような提言

6月上旬には、3回目の緊急事態宣言の東京都内でパブリックビューイングのための工事が始まり、驚いた方も多かったと思います。

「中止はありえない」という空気の中で、専門家の中では危機感が高まっていました。6月18日に政府の専門家分科会の委員長を務める尾身茂先生をはじめとする専門家の有志から「2020 年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催に伴う新型コロナウイルス感染拡大リスクに関する提言[2]」が発信され、無観客開催が訴えられました。

この提言は、医学的な知見に沿ったものと、社会的な影響を考慮したものが混在して発信されており、感染症の専門家としては踏み込んだ内容になっています。おそらく、観客を入れることで、会場内で感染するか、と問われると、科学的根拠は提示できないと思います。実際、その後、文部科学省からはスーパーコンピューター【富岳】を使ったシミュレーションでは、会場内でのリスクが低い、という資料も発信されていました[3]

専門家の提言はそうした限定的な会場内の事ではなく、オリンピックがもたらす社会的メッセージ、それに伴う社会の行動制限に思いを巡らせたものです。提言の中では特に変異株の脅威と、過去の連休・夏休み・冬休み等のイベント後の流行拡大が示されています。また、「オリンピックは他のスポーツイベントとは別格の社会的注目度であり、他のイベント開催基準よりも厳しい基準を採用する必要がある」という文言がそれを示しています。提言の言葉を借りると「大会主催者及び政府は、これまで述べてきたリスクをどう認識し、いかに軽減するのかを市民に知らせてほしい」、ということです。

最終的に無観客を決定しましたが、提言のようなリスク認識は十分に説明されていません。

□既に変異株に置き換わり|脅威は未知数

現在(2021年7月)、日本の感染者数の大部分はすでに変異株に置き換わっています。7月8日時点の資料では、感染者の8割は感染力が1.3倍、重症度が1.4倍と言われるアルファ株(いわゆるイギリス株)とされています[4]。さらに7月下旬には、感染力、重症度が強いデルタ株(いわゆるインド株)への置き換わることも指摘されています[5]

従来株では感染しなかった中高年層、若年層への感染拡大も懸念されています。それに対抗するには、やはりワクチンが期待されます。変異株が猛威を振るうなか、全国的にもワクチンを接種した高齢者の感染者数は、確実に減少しており、効果が認識されています[6]。(特にファイザー社製のワクチンは、従来株に対する発症予防効果[7]、感染防止効果[8]の他、さらに変異株(イギリス型)に対しても効果がある点も示されています[9]。)接種した者同士での食事やスポーツ観戦等は、秋以降、徐々に緩和されることになるでしょう。

しかし気になるニュースとしては、新型コロナのワクチン接種について「様子をみたい」などためらいがある方が4割占める、ということです[10]。調査は国際医療福祉大学の和田耕治教授らが、2021年7月13日から、首都圏1都3県の20~60代を対象にインターネットで行い、約3100人から回答を得たものです。特に女性にその傾向が強く、「様子をみたい」と答えた人が、20~30代で40%、50代でも20%近くに上ります。特に50代以上は、重症化リスクの高い年代と認識し、ワクチン接種について情報を得て、再検討する必要があるのではないでしょうか。

□東京発パンデミックを防ぐ【出国管理】

また、盲点になっているのは、東京発パンデミック対応です。通常の【水際対策】は入国者についてのみ管理しています。国内での感染拡大を防止するのが第一の目的だからです。しかし、オリパラ東京大会では、【出国管理】も重要であると思います。

日本はすでに変異株が国内に流行している【変異株流行国】です。日本発でインド株が世界に拡散された、となると大問題です。現在のウイルスはゲノム解析で追跡できるので、東京で感染した場合、追跡調査が可能になります。

オリンピック東京大会後の出国管理にも十分配慮し、考えられうるリスクを最小化する必要があるでしょう。

 

(2021年7月10日時点の情報を基に記載しています)

(所属する組織ではなく、個人として発信しています)

[1] 厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(水際対策の抜本的強化)」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/covid19_qa_kanrenkigyou_00001.html#Q1-1

[2] 2020 年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催に伴う新型コロナウイルス感染拡大リスクに関する提言 https://s3-us-west-2.amazonaws.com/jnpc-prd-public-oregon/files/2021/06/7140593d-5538-4b53-8359-a016c21cd37d.pdf

[3] 文部科学省「スーパーコンピュータ「富岳」を用いた国立競技場における飛沫シミュレーションについて」https://www.mext.go.jp/content/20210707-mxt_jyohoka01-000016684-01.pdf

[4] 内閣官房、新型コロナウイルス感染症対策本部(第70回)資料(P20)(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/sidai_r030708.pdf

[5] July 2021. Euro Surveillance. 2021;26(27), Predicted dominance of variant Delta of SARS-CoV-2 before Tokyo Olympic Games, Japan, July 2021(https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2021.26.27.2100570

[6] 厚生労働省、第43回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(資料2-4)「全国の新規陽性者数等及び高齢者のワクチン接種率」https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000806482.pdf

[7] 厚生労働省「ファイザー社の新型コロナワクチンについて」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_pfizer.html

[8] Association between vaccination with Pfizer-BioNTech BNT162b2, incidence of SARS-CoV-2 infections among health care workers(https://www.eurekalert.org/pub_releases/2021-05/jn-abv050521.php

[9] Effectiveness of the BNT162b2 Covid-19 Vaccine against the B.1.1.7 and B.1.351 Variants | NEJM(https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMc2104974

[10] 国際医療福祉大学和田耕治先生「ワクチン接種6割が前向き、4割にためらい 情報判断に自信のない人ほど接種に消極的に」https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-vaccine-chousa?fbclid=IwAR11vyq-MfBXRhDkSq0-jucRzLJjpOFXDJRzwEu2lnVEJT5RqZwijnAQBfI

 

 

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