《健康》「かわいい」とポジティブ感情

ストレスフルな社会生活に果敢に立ち向かっている現代人は誰もがメゲたり、凹んだりするものです。その理由もメカニズムもさまざまです。でも、誰もが持っている力「エゴレジ」を高めることで、それぞれの状況に応じて自我のバランスをとる力を強化し、メゲたり凹んだりしても、すぐに立ち直る力を養うことが可能なのです。
エゴレジ研究所の小野寺と畑が、お手伝いします。

私たちの身の回りには,「かわいい」という言葉があふれています。日本の「かわいい」は世界の「kawaii」になったと言われ、ファッションやキャラクターグッズと結びついた「かわいい」は、日本を代表するポップカルチャーとして脚光を浴びています。しかし「かわいい」とは何かを説明するのはなかなか難しいのではないでしょうか。この曖昧な感情を科学的に解明するため、10年以上研究を続けておられるのは、『「かわいい」のちから:実験で探るその心理』の著者入戸野 宏先生(大阪大学大学院人間科学研究科教授)です。今回は入戸野教授の「かわいい研究」の一部をご紹介します。

🔴「かわいい」研究のスタート

動物行動学者のコンラート・ローレンツは、1943年に発表した論文の中で、人間はある種の身体形状をかわいいと感じる生得的な傾向を持っていると提唱しました。身体に比べて頭が大きい、おでこが広くて前に突き出ている、顔の下半分に大きな目が付いているといった特徴があると、それが生き物であってもなくても、いとおしく感じられるというものです。この仕組みはベビースキーマ(赤ちゃん図式)と呼ばれています。その後60年代に入ると、ベビースキーマについての実証的な研究が行われるようになり、ローレンツの直感に基づく提案は実験によって裏づけられ、分かりやすい学説であることから一般にも知られるようになりました。

ところが、日本語の「かわいい」は、ファッションやお菓子など、ベビースキーマとは関係ないものに対しても使われます。また、「キモい(気持ち悪い)」と「かわいい」がくっついた「キモかわいい」や、「ブサイク(不細工)」と「かわいい」がくっついた「ブサかわいい」のような不思議な複合語も使われています。ベビースキーマ説には当てはまらない多様な「かわいい」をどうやって説明すればよいかーーー入戸野教授の「かわいい研究」はそこからスタートしました。日本人の大学生を対象とした実証研究を通じて、以下のことが分かったそうです。

  • 「かわいい」は「幼い」とは異なる概念であること
  • 養育や保護というよりも、対象に近づいてそばにいたいという気持ち接近動機づけ)と結びついていること

例えば、「笑顔」は幼いとは評価されませんが、男性にとっても女性にとってもかわいいと感じられます。さらに、かわいいものを見ると1秒もたたないうちに笑顔になることも、顔面表情筋の電気活動を記録することで明らかになりました。かわいいものを見ると笑顔になりますが、その笑顔は周囲の人にはかわいいと感じられ、その人たちを笑顔にする。このように、「かわいい」という感情は、社会的場面で拡散し、らせん状に増幅していく(かわいいスパイラルのだそうです。

🔴「かわいい」感情の効用

これまでに発表された実験心理学の研究によれば、かわいいものに接すると、以下のようなさまざまな心理状態や行動が引き起こされることが分かっています。

  • 注意を引きつけられる
  • 長く見つめたくなる
  • 丁寧に行動するようになる
  • 細部に注目するようになる
  • 握りしめたくなる
  • 擬人化するようになる
  • 世話をしたくなる
  • 手助けをしたくなる
  • 頼みを断らなくなる
  • 自分に甘くなる
  • 癒やされる

笑顔を誘う、近づきたくなるといった「かわいい」の特性は、社会のいろいろな場面で応用できます。例えば、日本の工事現場に行くと、かわいい動物の形をしたバリケードや、作業員のキャラクターが深々とお辞儀をしている掲示があり、心を和ませます。また、さまざまな企業や官公庁が、「ゆるキャラ」と呼ばれる独自のマスコットキャラクターを創作し、利用者との距離を縮めようとして真摯に取り組んでいます。このような試みは、これまで経験的に行われてきましたが、上記の「かわいい」感情の効用として科学的に裏づけることもできるでしょう。

🔴社会的交流を促すポジティブ感情

「かわいい」は、快であり、接近動機づけを伴い、社会的交流を促進する感情であると「かわいい研究」の入戸野教授は述べています。感情であるから、その背景には生物学的な基盤があり、文化によらない人間の普遍的な性質であると考えられます。日本には、そのような感情を社会的に受容し、価値を認める風土があったために、世界に先駆けて「かわいい」文化が誕生し発展したのでしょう。このような感情に共感する人は、海外にも少なからずいると考えられます。

入戸野教授によれば、さまざまな価値観が共存するグローバル社会では、社会的交流を求めるポジティブ感情である「かわいい」の意義がさらに注目されることになるでしょう。「かわいい」には正解がありません。ある対象を「かわいい」と感じるかどうかは、その対象と自分との関係性によって変わります。だから、人それぞれであり、状況によっても異なります。「かわいい」は自分で発見するものであり、他者に押しつけられるものではないです。

日本の「かわいい」文化をそのまま世界に広めなくてもよいでしょう。「かわいい」先進国である日本の役割は、「かわいい」という感情が存在し、それが私たちの心や行動に影響を与えていることをデータによって示すことです。

「かわいい」は、もともと目下の人や弱者に対して使われる言葉でしたが、近年、上下関係ではなく水平関係で、侮蔑の意図なく使われる言葉に変化してきました。「かわいい研究」の入戸野教授は、この権威を感じさせない安心感こそ、現代の「かわいい」の最大の特徴だと述べています。

「かわいい研究」のお話はいかがでしたか。誰かに押しつけられるものではなく、自発的に発見するからこそ、心から「かわいい」と思えるのだそうです。「かわいい」感情の特徴は、「ポジティブ」「脅威を感じない」「対象に近づいて対象を見守りたいと思う接近動機づけを伴う」「長く見つめていられる」「一緒にいたい」などがあげられます。ポジティブ感情に敏感なエゴレジさんは、どんな「かわいい」を見つけますか?

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次回はまたエゴレジ関連の話題をご紹介します。

小野寺敦子

エゴレジ研究所代表。心理学博士。目白大学人間学部心理カウンセリング学科教授。同校心理学研究科大学院修士課程教授。同校心理学研究科博士後期課程教授。臨床発達心理士・三越伊勢丹アポセカリー顧問。
NPO法人こどものくに代表理事。

畑 潮

エゴレジ研究所GM。GCDFキャリアカウンセラー

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