平川幸子
(2022年2月7日時点の情報を基に記載しています)
新型コロナが発生して、丸2年が経ちました。ワクチン接種も進み、急激に感染者が減少した時は、日本全国でほっとした空気が流れました。ほっとしたのもつかの間、年末から新たな変異株・オミクロン株が世界でも日本でも感染拡大を続けています。今回の感染は都市圏のみでなく、全国各地で拡大し、初の「まん延防止措置」を講じる県も発生しています。
だんだん、新型コロナと共生する道が見えてきましたが、もうひと踏ん張り必要そうです。
オミクロン株は「インフルエンザと一緒」か?
「オミクロン株は罹っても軽症であり、このような特別な対策は不要ではないか?」という方も多いでしょう。これは一面では正しく、一面では間違っていると言えるでしょう。
オミクロン株による重症者・死亡者数が少ないのは報道されているとおりです。実際、2022年1月中の全国の新規感染者数は103.5万人、死亡者は399人(単純計算で致死率0.039%)です[1]。季節性インフルエンザが、年間1100~1500万人罹患して、約2500~3400人の死亡(致死率0.02~0.03%)[2]であることを考えると、表面的にはインフルエンザの水準に近づいています。
しかし、依然として高齢者にとっては重症リスクが高く、この裏に多くの入院者がおり、医療現場で必死に治療していることが、インフルエンザとの違いです。重症者や重症化リスクの高い方の入院措置ができなくなると(いわゆる医療崩壊)致死率が高まるのは目に見えています。
また日本では全体の8割近くの方がワクチンを2回接種しています[3]。接種してから時間が経つと効果は減衰すると言われていますが、一定の発症予防効果や重症化予防効果は残っていると考えられています。(ワクチンの効果が「免疫記憶」として残っていることも研究されていますが、まだ詳細は分かっていません。[4])
さらに日本では、継続的に公共の場では大多数の方がマスクを着用し、人との距離を保つという公衆衛生対策を実施しています。今の日本の公衆衛生対応は、毎年1100~1500万人罹患していたインフルエンザがほとんど発生していないことを考えると[5]、素晴らしい成果です。このようなマスクの着用などを止めると、さらに爆発的に流行することは推察されます。
オミクロン株がインフルエンザ並みの死亡数に収まっているのは、①ワクチン接種の効果、②国民の公衆衛生対応、③医療現場の対応、という複数の要因が組み合わされて実現された結果ですので、病原性そのものがインフルエンザ並みという事ではない点を認識する必要があるでしょう。
3回目のワクチンは打つべきか?
新型コロナは軽症なのだから、3回目のワクチンを打つより罹った方がいいんじゃないか、という意見もありますが、これはやや危険な考え方です。
3回目のワクチンの有効性については、デルタ株についてはイスラエル、米国等の研究で、2回接種に比べ、発症予防効果、重症化予防効果が90%以上であると報告されています[6],[7]。
デルタ株と比較するとオミクロン株に対するワクチンの効果はやや低いですが、イギリスの研究では入院予防効果は時十分高いことが確認されております[8]。また現在の日本国内の感染状況をみると、ワクチンを接種していない方が感染する割合が圧倒的に高いことからも、オミクロン株に対しても一定の効果があると推測されています[9]。
さらに最近の研究では、オミクロン株にり患しても、ワクチンを打った人よりも抗体価が低いことも示唆されています[10]。オミクロンにり患したといっても、抗体が十分できず、再度感染する可能性がある、ということです。「ワクチンを打つよりオミクロン株にり患して免疫を付けた方がいい」と考えて、何度もり患するのは得策ではないように、個人的には思います。
感染症法を「二類相当」から「五類」にしては?という意見の的外れ
また、時々、「感染症法が二類相当(正しくは「新型インフルエンザ等感染症」)」だから一部の病院がひっ迫するのではないか?早くインフルエンザと同様「五類」にすれば医療のひっ迫がなくなるのではないか、と意見されている方がいます。
そもそも感染症法では、都道府県知事が、感染者に対し「入院措置ができる」等、感染者に対する人権制限的な措置を取ることができる、という、行政が「できる措置」が列挙されています。これは「感染者を入院させなければならない」という強制力ではなく、あくまでも感染予防のために必要であれば「入院させることができる」という規定です。
また、二類相当だから感染症指定医療機関が対応しなければならない、という規定はありません。現行の法制度の中でも、地域の医療機関も患者を診る事は可能です(医療機関側の意向で、感染症指定医療機関等の特定の医療機関で患者を診ている状態です)。
現在の現在の法制度の中でも、知事が「軽症者は自宅療養する」ことや「地域のクリニックで軽症者を診る」などを判断・宣言することもできますが、地域の医療機関と調整は必要ですね。
一方、インフルエンザ並みとして保険診療にした場合、患者が支払う事になります。例えば3割負担の方の場合、治療薬の人工抗体医薬は1回30万円で3割でも9万円、と高額になり、そのために治療を控える方がでてくるかもしれません。
個人的には、当面は現在の法制度のままで、多くの医療機関で患者を診療できるように、各自治体の首長の指導力を活かすことが必要ではないかと考えます。もしかしたら「五類にすべき」という意見は、自治体の方が「国が五類にしないから」というのは、責任が国にあるように見せるテクニックなのかもしれません。
収束までの道のりは道半ば
新型コロナがインフルエンザのように普通の感染症になるまでは、もう少し時間がかかりそうです。あと何回か、変異を繰り返し、弱毒化し、普通のインフルエンザや風邪のようになるまで、我々はコロナと付き合っていく必要があります。
そもそもウイルスは意図して変異している訳ではありません。変異の正体は、増殖するときに、時々起こす「コピーミス」です。様々なコピーミスのうち、ウイルスの増殖に都合がよいものが生き残って増殖し、変異前のウイルスを駆逐する形が基本形になります。
過去の感染症パンデミックの流れを振り返ると、今後「より感染力が強く・病原性は弱い」ウイルスが出てきて既存勢力を駆逐するのが基本形です。現在流行している型(例えばデルタ型)よりも感染力が強くなければデルタ型の流行の中に分け入る事ができません。また病原性が強すぎて感染者がすぐに死んでしまっては、そこでウイルスも増殖できなくなるので、感染者にはしばらくの間動いて感染を拡大してもらう事がウイルスの生存戦略としては有効です。
そのため、より感染力が強く・病原性が弱いウイルスとなって、人と共生しながらウイルスも生きながらえる戦略をとるのです。
短期集中の措置の時期から、長期的にずっと続けられる対策へと、我々の側もシフトチェンジする必要があるのかもしれません。
(所属する組織ではなく、個人として発信しています)
[1] 厚生労働省Webサイト「データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報」(https://covid19.mhlw.go.jp/)
[2] 厚生労働省厚生科学審議会(2021年1月15日国立感染症研究所提出資料)
(https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000720345.pdf)
[3] 首相官邸Webサイト「新型コロナワクチンについて」
(https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html)
[4] 厚生労働省第24回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会(2022年9月17日資料2)
(https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000833702.pdf)
[5] 国立感染症研究所「2020/21シーズンのインフルエンザの流行状況」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2545-related-articles/related-articles-501/10781-501r01.html)
[6] イスラエルの研究ではデルタ株に対し、入院予防効果は93%、重症化予防効果は92%、死亡予防効果は81%という結果;Effectiveness of a third dose of the BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine for preventing severe outcomes in Israel: an observational study
(https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)02249-2/fulltext)
[7] 米国CDCの調査では追加接種から7日以上経過した人は、追加接種無しの人と比較して新型コロナウイルス感染症の発症に対する追加接種の有効性は95.2%(https://www.cdc.gov/vaccines/acip/meetings/downloads/slides-2021-11-19/06-COVID-Oliver-508.pdf)
[8] 英国健康安全保障庁(UKHSA)の報告によると、オミクロン株に対するワクチン2回接種後の入院予防効果は44%であったが、3回目接種後2週目以降では89%に上昇(厚生労働省第29回 厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会資料,2022年1月26日)https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/uploads/11-3.pdf
[9] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症アドバイザリーボード(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000892287.pdf)
[10] Neutralization profile of Omicron variant convalescent individuals(https://doi.org/10.1101/2022.02.01.22270263)