第2回「ネガティブ感情との付き合い方」

佐藤健陽
佐藤たけはるカウンセリングオフィス代表福島大学経済学部卒業後、パチプロ、麻雀店勤務を経て、30代後半に東京福祉専門学校入学。卒業後は障害者の就労支援に携わる。2017年カウンセリングオフィス開業。精神疾患から高齢者まで、全てのジャンルの人を対象にカウンセリングを提供している。対人援助職向け研修、講演等も行っている。YouTubeチャンネル2つ。
社会福祉士、精神保健福祉士、シニア・アドラー・カウンセラー。産業カウンセラー北関東支部講師、東京社会福祉士会高齢者夜間安心電話委員長。主な著書に『あがり症は治さなくていい』(旬報社)、『人前で話すのに自信が付くアドラー心理学』(アルテ)、『ソーシャルワーカーのためのアドラー心理学』(アルテ)等。メンタルヘルス全般に渡って、知って役に立つ知識や、コミュニケーション法、感情との付き合い方などをお伝えしていきます。

SNSとネガティブ感情

一昔前は、電車の中では本や新聞を読んでいる人が多かったように思いますが、もはやそういった人種はどこかに消えてしまったんでしょうか。

九分九厘、みんな下を向いて携帯をいじっています。
電車を待っている時も皆、下を向いています。
歩いている時でさえも、トイレでも、ご飯の際も、寝ている時も、いつでもどこでも・・・

古き昭和の風景ははるか遠くになってしまいましたが、今のこの風景が○十年後には、今度は令和を懐かしんだ一風景として思い出されるのかもしれませんね。

ゲームやkindleなどスマホで見る対象が「もの」もあれば、FacebookやLINE、インスタ、Twitter、YouTubeなど「人の発信」もあります。

SNSをやっているとよくあるのが、誰かの華やかな写真、宣伝の投稿、笑顔の数々に、見ているとなんだか段々元気がなくなったり、いや~な気持ちになることです。

SNSは人との交流というメリットがある一方、そこに、妬みや拒否感、劣等感等々、様々な感情を呼び起こしやすい特徴もあるように思います。

私も最近ありました。
先日、Facebookを見ていて、ふと、何か嫌な感じが瞬間的に湧き上がりました。
そういった感覚は意識に上ることもあれば、意識以前の感覚として身体で感じることもあります。
私は、その時、それに気づきました。
そして、その感情から意識をそらそうとしている自分にも気づきました。

それは、かつて親しかったけど、今、距離が離れてしまった私の知り合いが載っている投稿でした。
私にはその人との間にわだかまりがありました。そのわだかまりと直面することが嫌で、スッと意識をそらして逃げたのです。

こういったように、人はネガティブま感情を感じると、それを良くないこととして避けたり、抑え込んだり、拒絶しがちです。
ネガティブ感情を直視するのがしんどすぎるので、目を逸らそうとするのです。

そして、抱え続けるのも辛いので、なかったことにして心のポリバケツにポイっと入れてフタをします。

そして何事もなかったかのように、目の前の仕事に取り掛かったり、別のYouTubeなどのSNSなどを見始めます。あたかもそれでネガティブ感情がなくせるとでも思っているかのように。

しかし、小さな気持ちの揺れならまだしも、大きな心の揺れとなるとそうはいきません。モヤモヤや違和感が何か自分の中に留まり続けます。

感情の性質

喜怒哀楽と言われるように、人間には様々な感情があります。その中には喜び、楽しさ、解放感等、ポジティブな感情もあれば、怒り、嫉妬、不安等のネガティブな感情もあります。

その中で、ネガティブな感情は、はたしてあってはならないものなのでしょうか。

たとえば、典型的な感情として、怒りの感情があります。
何か失礼なことを言われてムッとはしても、ここで怒るのも大人げないと思ってグッとこらえることは多いでしょう。

立場によっては相手に笑顔で返すかもしれません。
キツい一言を言われても、もう何言ってるんですかーと、笑顔で返す。
セクハラされても、もうしょうがないんだからーと、笑って返す。

しかし、行動でどう振る舞おうが、感情は今そこに湧き上がっているのです。

置いてけぼりにされた感情は、ふつふつとそこに留まり続けます。
本来必要があって感情は生じています。

不安は、まだ見ぬ未来に対して備えなさいというメッセージです。不安を感じなかったら失敗ばかりの愚かな人になってしまいます。

焦りは、まだ間に合っていないから急ぎなさいというメッセージです。焦りがなかったら締切や約束に間に合わない人になります。

怒りは、被害を被った自分を守るための反撃的反応です。怒りを感じなければ他者にやられっぱなしです。

必要なことは、その感情に気付いて、その存在を認めてあげること。
そして、しっかり感じてあげること。
そしてその感情のニーズを満たしてあげれば、自然に収まっていくのが感情というものです。

感情とは、言ってみれば心のホメオスタシス(恒常性)です。

体温が北極行っても赤道直下に行っても一定の温度を自動調節してくれように、日中の活動時に上がっていた脈拍が睡眠時には下がるように、走っているときは呼吸が早くなり、止まると呼吸が落ち着いてくるように、身体が持つ自動調節機能の「心バージョン」が感情なのです。

その感情のニーズを無視して、感情を拒絶し、感情を抑え込もうとした時、人間の必然に逆らってしまうことになります。

するとどうなるか?

多くの人が身体に出ます。

胸がギューっと締め付けられます。
喉が締まります。
頭が痛くなります。

人は言葉で言わない時、身体が代わりに喋ってくれるのです。

苦しいよ、つらいよ、我慢できないよと。

そのメッセージを無視し続けていくと、感情の借金を抱えます。

宵越しの銭はもたね~ぞ!と切符のいい江戸っ子だったら、その時感じた感情はパーッと使いきるでしょうから借金は抱えないものを、控えめな私たちは人の目や世間の目、そして自分が作った倫理規範に従って、感情を封印します。

そうして莫大な感情負債を抱え続けます。日本の国家財政も危機ならば、日本人の感情財政も危機に瀕しています。

そして実際にいつかどこかで破綻します。

ある日、ある時、心臓の鼓動が止まらなくなります。
悲しくもないのに涙が止まらなくなります。
朝起きたら布団から出られなくなります。

それらは、もう無理なんだよ、もう限界だよ、もう休みなさいよという身体からのメッセージなのです。

だから、感情のメッセージをしっかり聞いてあげましょう。
身体からのメッセージをしっかり聞いてあげましょう。

ネガティブ感情との付き合い方

考えてもみてほしいのです。

皆さんの子どもが、子どもがいない方はいたとして、仮に子どもがえ~んと泣いていたらどうしますか?

かんしゃくを起こしていたらどうしますか?

「泣いちゃだめでしょ!」とか、「静かにしなさい!」と叱ったら子どもはどうなるでしょう?

もしかしたら、子どもは益々泣いてしまったり、もっとかんしゃくを起こすかもしれません。

では、子どもが落ち着いたり安心する時はどんな時か?

それは、お母さんが、怖かったんだね、嫌だったんだね、不安だったねと子どもの気持ちを聞いてなだめてあげた時ではないでしょうか。

つまりはそういうことです。

感情は皆さん自身から生じている、いわば自分の子どものようなものです。

それを無視し、拒絶し、抑えこむあり方では、感情は収まることはないでしょう。

本当の感情のコントロール法とは、コントロールせずしてコントロールすることにあります。

その達人は、赤ちゃんや動物です。

赤ちゃんは、楽しい時はキャッキャッと笑い、怖い人が現れるとすぐに怯え、お母さんがいなくなるとビエーンと泣きます。感情を一切、加工も抑圧もしません。動物しかりです。

赤ちゃんや動物は感情負債を抱えずに、その時必要なだけの言葉や、叫び声や、身体の動きで発散するので、ストレスも人間の大人のように抱えることはありません。

犬が朝起きたらうつになって散歩に行けなくなったとか、赤ちゃんが悲しくもないのに涙が止まらなくなるなんてことはないのです。だって感情の達人なのですから。

仮に、赤ちゃんや動物のように振る舞うことが難しかったとしても、せめて感情の存在を認めてあげてはいかがでしょうか。

そこにいるよね、分かってるよと。

ちなみに冒頭の話で、私がFacebookの投稿を見て、ネガティブ感情から意識を逸らそうとしている自分に気付いた時、私はどうしたと思いますか?

私は、意識を逸らした自分から再び感情に意識を向けました。すると、胸の辺りがザワザワドキドキしていることに気が付きました。

そこで、その感覚を良いも悪いもなく、ただただ感じようとしました。
そして、感じている身体の部分に声を掛けました。

ドキドキしてるね、そりゃそうだよねと心の中で語り掛けると、スッと感情が和らいでいきました。

ネガティブ感情と向き合うことは心理的負担を伴いますが、子育てと思ってその負担を引き受けてみてはいかがでしょうか。自分の子どもと接するように大切に扱ってみてはいかがでしょうか。

いつかどこかで情緒豊かで落ち着いた子どもが育つかもしれません。

感情とは、いつもあなたに今の状態を伝えてくれている大切な存在なのです。

佐藤たけはるカウンセリングオフィス
https://takeharukokoro.jp/

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP