第1回「人生を主体的に生きよう!」

佐藤健陽
佐藤たけはるカウンセリングオフィス代表福島大学経済学部卒業後、パチプロ、麻雀店勤務を経て、30代後半に東京福祉専門学校入学。卒業後は障害者の就労支援に携わる。2017年カウンセリングオフィス開業。精神疾患から高齢者まで、全てのジャンルの人を対象にカウンセリングを提供している。対人援助職向け研修、講演等も行っている。YouTubeチャンネル2つ。
社会福祉士、精神保健福祉士、シニア・アドラー・カウンセラー。産業カウンセラー北関東支部講師、東京社会福祉士会高齢者夜間安心電話委員長。主な著書に『あがり症は治さなくていい』(旬報社)、『人前で話すのに自信が付くアドラー心理学』(アルテ)、『ソーシャルワーカーのためのアドラー心理学』(アルテ)等。メンタルヘルス全般に渡って、知って役に立つ知識や、コミュニケーション法、感情との付き合い方などをお伝えしていきます。

YES、BUT~の論理

はじめまして。
佐藤たけはるカウンセリングオフィスの佐藤と申します。これから、メンタルヘルスや心理学などについて、定期的に発信していきます。

今日は、「人生に主体性を持って生きる」というテーマでお伝えしていきます。

暖かくなってきました。なんとなく心までポカポカあったかくなるこのシーズンが私は好きです。

そして、不思議なことにこの季節になると、新年度が始まることとも重なって何かしたくなる人が多いです。

「運動しようかな」
「何か学んでみようかしら」
「今年はダイエットしよう!」

などと思う人もいるでしょう。

そしてネットで検索して、運動グッズを買ってみたり、学びの講座を検索してみたり、あるいはダイエット法のブログを読んでみるかもしれません。

そうして、その行為自体で、まるでもうそれらの結果を手に入れてしまったかのように、ウキウキした気分になる人もいるでしょう。

もしかしたら人は何か新しいことをしようとするとき、この過程こそが楽しいのかもしれません。

そして、さあ、運動なりダイエットなりが始まります。体重の変化や筋肉の付き具合など、わずかな変化に一喜一憂します。

そうして順調に運動やダイエットが進んでいく人もいるでしょう。

しかし、人が何か始める時には何らかのアクシデントが付き物です。

ちょっと風邪を引いてしまって、運動習慣が途切れることもあるでしょう。

久しぶりの飲み会にテンションが上がってしまって、ついつい食べ過ぎることもあるでしょう。

すると習慣化していたものが、一瞬途切れます。

しかし、一瞬でも一旦途切れた後に再開する際は、何らかの心理的負担が掛かります。

たとえば、マラソンなどで走っている最中はしんどくても頑張れたものが、一度走るのを止めて歩いてしまった後に、再度走り出すことには気力がいるものです。

歩くことで休息という報酬が与えられた後に、走る苦難にあえて戻るのですから、それも当然です。

すると、一回だけならまだしも、アクシデントが2回3回と続くと次第に億劫さを感じ始め、いつしか習慣が途切れてしまいます。

すると、たとえばこんなことを考えます。

「ダイエットしなきゃ・・・けど、今日だけ、この新作パフェだけ」
「ランニング行かなきゃ・・・けど、今日は疲れてるからまた明日にしよう」

この、最初は肯定しながら後で否定する文脈は、「YES、BUT~」と呼ばれるものです。

「はい、でも~」と、いわば前に進もうとアクセルを踏みながら、ブレーキも同時に欠けている状態です。

そうして、「ダイエットできない・・・」、「運動できない・・・」と嘆きます。

この状態だと、できない自分にモヤモヤを抱えながら、そんな日々がズルズルと続いてしまいます。

この「~できない」状態が続くと、自己効力感が下がり、なんとなく自分に自信が持てなくなります。あまり良いことではありません。ちなみに、自己効力感とは「私はできる」という感覚です。

「~できない」を「~しない」に言い換える

そんな状態を変えていくために必要なこと、それは、「~できない」を「~しない」に変えてみること。

たとえば、以下のように。

「ダイエットできない」→「ダイエットしない」
「運動できない」→「運動しない」
「パフェがやめられない」→「パフェをやめない」

何がどうというわけではないですが、なんとなく印象が少し変わった感じがしないでしょうか。

試しに、皆さんご自身に関することを以下に当てはめてやってみてはいかがでしょうか。

ポイントは、何かやってみようと思っているのにできないことです。

「〇〇できない」→「〇〇しない」

そうして、上記に当てはめて、まずは前者の「〇〇できない」をつぶやいてみて、その感覚をじんわり味わう。

そしてその後に、それを「〇〇しない」に言い換えて、実際につぶやいてその感覚を味わってみる。

いかがでしょうか。

多くの方が何かスッキリされた感覚を持ちます。あるいは一方、それでいいんだろうかといった感覚を持つ方もいます。

けれど、両方あっていいのです。

この「~しない」には、ある意味モヤモヤした状態を断ち切る効果があります。開き直りのような感覚とも近いかもしれません。

以下の例だともっと分かりやすいかもしれません。

「ダンナに優しくできない」→「ダンナに優しくしない」

・・・まぁ、それはさておき、では、この「~できない」と「~しない」は、何が違うのかと言うと、そこに自分の意志決定を伴うかどうかです。

「~できない」は、パフェとか、疲れているからと雨だからとか、やらない理由が自分の意志決定外、いわば外部要因にあり、自分で責任を引き受けていません。

「~しない」は、パフェを食べようが食べまいが、その行為はパフェに関係なく自分が決めています。責任も自分が引き受けています。

つまり、言い換えるならば、「~できない」と「~しない」の違いは、自己決定・自己責任があるかどうかの違いとも言えるでしょう。

先ほど、開き直ってスッキリした感じの人もいれば、これでいいんだろうかという感覚を持つ方もいると述べましたが、そこには自己決定によるモヤモヤを断ち切るスッキリ感と、自己責任の負担感という両面があるからです。

幸福感と自己決定

そして、この自己決定・自己責任のあり方は、教育心理学ではLOC(ローカスオブコントロール)、すなわち統制の所在とも言われます。

要は、「~のせい」と状況や他者のせいにせず、自分でケツもって生きてますか?ということです。

自律性とも言われ、人生の幸福度にも大きく左右します。

神戸大学の西村教授などによって「幸福感と自己決定」について調査された研究があります。以下抜粋したグラフです。

図:主観的幸福感を決定する要因の重要度

西村和雄、八木正(2019)、「幸福と自己決定-日本における実証的研究」

この研究から、幸福感に与える影響力として、健康、人間関係に次ぐ要因として、所得や学歴よりも「自己決定」が強い影響を与えることが分かりました。

つまり、自分で選択して、自分で決めて、その結果も自分で引き受けている人ほど、人生の幸福度が高いのです。

言い換えるならば、人にああしろこうしろと言われて動いている人ほど、幸福度が低いとも言えるでしょう。

ちなみに余談ですが、所得については、年収が上がれば上がるほど幸福度は高くなる一方で、年収1100万円を超えると幸福度の上昇率は減るようです。分からないでもないですね。

そして、この「自己決定」の生き方は、実は今のVUCA(ブーカ)と呼ばれる、予測不能で不確実なこの時代に不可欠な生き方とも言えます。

20世紀型の年功序列・終身雇用、そして3世代家族や専業主婦といった典型的な、いわば「3丁目の夕日」の時代は、とうの昔です。

働き方も、家族のあり方も、生き方も、この時代にあっては様々な選択肢があります。

この時代を生きていくためには、自分の人生の舵を自分で握る必要があります。

「~できない」が常態化した、外部要因によって決められる人生は、流されがちです。自分が決めていない以上、その状況を自ら変えることが困難になります。

一方、「~しない」型の自己決定人生は、するもしないも、自分が選んで自分で決めているのですから、仮にうまくいかなかったとしても後から選び直すことができます。

ダンナに優しくできない自分に、ダンナへの怒りと同時に罪悪感めいたものを感じていたとしても、優しくしないと決断した時点で、感情に何らかの変化が起こります。

そして、優しくしないのを続けてもいいし、かわいそうに思って優しくしてもいいし、全て自分がいつからでも自分のあり方を変えられるのです。なんて自由ではないでしょうか。

さぁ、皆さんはどうしますか?

ダイエットできないのか、ダイエットしないのか、あるいはダイエットするのか。
ダンナに優しくできないのか、優しくしないのか、あるいは優しくするのか。

小さなことから大きなことまで、全てを自分で引き受けて決めていく人生を歩んでみてはいかがでしょうか。

え?私?

運動でき・・・しない!
・・・いや、やっぱ、する!

佐藤たけはるカウンセリングオフィス
https://takeharukokoro.jp/

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